2009年10月04日

先日見た映画(23)<後編>

カチンコ 昨日の続きで、今日は観察ドキュメンタリー映画『精神』です。

ネタバレありかもなので注意!zoo

この映画のドキュメンタリー手法は、フレデリック・ワイズマンに代表されるダイレクトシネマの手法をとっているそうで、簡単にいうと見たままを伝えるとでもいいましょうか…。これも最近見た映画ですが『意思の勝利』というヒットラー賛美のプロパガンダ映画を見ましたが、ある意味そういった作られたドキュメンタリーとは、間逆に位置するスタイルだと言えます。
※この前ユーロスペースという映画館でフレデリック・ワイズマンの最新作『パリ・オペラ座のすべて』(ル・シネマにて10/10公開)公開記念で特集をやってましたが、残念ながら見過ごしてしまいました…あせあせ(飛び散る汗)

前作も同様の手法で選挙活動の実態を追った『選挙』という映画でしたが、今回は精神科診療所「こらーる岡山」を舞台にそこで出会う人たちにカメラを向けたドキュメンタリー映画です。

この映画のすごいところは、ナレーション、テロップ、音楽を一切使っていない点と、映画に出ている人に関しても、モザイクをかけないことを条件に、一人一人許可をとって撮影しているそうで、なるほど、これらの作用によって、誰が健常者で誰が精神障害者なのか、その線引きをしているカーテンを見事に取り払って見せてくれます!

この映画は、まさに監督が話す通り、見た人の分だけ受け取り方(=解釈)が分かれるし、どれが正解(正解という言葉が的を得ているのかは分かりませんが…)というのではなく、どれも正解なんだろうと思います。

なので、ここからはボクの見たひとつの解釈として話させていただきますふらふら

最初、ボクはこの映画を見ていて、意識的ではいないにしろ、どこかこの人はこんな人というポストイット(付箋)を貼りながら見てしまっていました…。しかし、見ていくうちにどんどんそこに書込まれたラベルに自信がなくなっていくんです…。時には、「あっ、違った」なんて思いながら…。
そうしていくうちに、だんだんそれをする事に果たして意味があるだろうか、その人が健常者であれ精神障害者であれ、(抱える悩みの大小はあれど)僕らとそんなに違いなんて無いじゃないかという感覚にとらわれます…。ひょっとしたら、抱える問題によってはボク自身も果たして健常者でいられるのだろうか、そんな気にさえなってしまいます…。

そして、ラストシーン…。

【注意】ここからラストバレしますよ…。

ここは、監督自身がこの終わり方しかないと信じている部分だそうで、このシーンがなければ、もしかしたらそこまで違った解釈は生まれないのではと思わせるラストになっていて、???となってしまいました。そして、ここまで見てきたもの、抱いてきた考えが急に思考停止状態に陥ってしまい、このラストシーンをどう捉えたらいいのかという思いに囚われます・・・。

これは、まさに監督の思惑(?)にはまってしまったのではないか・・・あせあせ(飛び散る汗)

この映画を通して、現代社会の渦の中、毎年 自殺者数が3万人を超す社会状況の中で、精神科の病院も精神障害者のおかれる立場も年々苦しさを増しているようですが、これからの社会がどうあるべきなのか、人と人はどうつながりあって行くべきなのか、そんなことを考えてしまうほど上質なドキュメンタリー映画でしたわーい(嬉しい顔) zoo
posted by チチブドウ at 21:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味
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